Odoo企業版規約改定(2025年7月):何が変わるのか—全バージョンサポートと“3世代超+25%”の要点

バージョンアップへの備えがより重要に
2025年8月11日 by
Odoo企業版規約改定(2025年7月):何が変わるのか—全バージョンサポートと“3世代超+25%”の要点
Yoshi Tashiro (QRTL)

今回の規約改定のポイント


今回の規約改定のポイントは、次の通りです。

  • これまでの企業版サポートは「直近3バージョン(約3年)」のみであったが、これからは全バージョンをサポート。バグ修正・アップグレード・セキュリティ更新を継続提供
  • Odoo.shは公式サポート対象を直近5つのメジャーバージョンに拡大
  • ただし、最新3世代より古いバージョンは、ユーザ課金に対し25%の追加料金がかかる
  • この改定は、2025年7月9日以降の、新規・更新契約に適用

要するに、サポート対象が拡がり、その「受益者」となるユーザには追加の課金が発生するということです。

追加料金の請求タイミングと具体例


追加料金の請求は、新たなメジャーバージョンのリリースから6か月後に行うとのことです。

例えば、今年9月(2025年9月)にはOdooバージョン19.0がリリースされ、これが最新バージョンとなるのですが、その後2026年4月に、その時点で16.0以前のバージョンを利用している企業版ユーザには、25%分の請求書が追加で発行されるということらしいです。

改定の周知と既存ユーザの反応  


私がこの改定をはじめに認識したのは、実はOdoo社の担当者からの連絡によってではなく、SNSで流れてきた情報からでした。Odoo社内での周知と時を同じくして、Odoo創業者・CEOのFabienさんはLinkedInに次の投稿をしています。

Odoo社内においても事後でカスタマーサクセスチームに通知されたらしく、突然降ってわいた変更に、日本市場の担当の田中さんが既存顧客への説明に苦慮している様子が伺えました。

コタエルの企業版ユーザのお客様には、田中さんとともに打ち合わせの場を設けるなどして順次説明していきましたが、お客様の反応は、「もともと費用がリーズナブルだし、バージョンアップを促す改定は正しい」とポジティブに捉えるものもあれば、「そんな後出しじゃんけんのような懲罰的変更は困る」というネガティブなものもありました。

すべての変更は、誰かにメリットをもたらす一方で別の誰かに不利益をもたらします。私自身は、この規約改定について、これからの基幹システムのライフサイクル管理の目指すべき方向を示したものであると理解しつつ、既存ユーザに対しては何かしらの救済措置があってしかるべきとも感じました。

なぜ、この規約改定か?


先のFabienさんの投稿によると、Odoo社の変更理由としては、ユーザからの「古いバージョンもサポートしてほしい」という声があったとのことです。

ですが、サポート対象を拡げると当然コストもかかります。そのコストをどこから捻出するのか?古いバージョンを使っているユーザに負担してもらうことになります。そして、追加のコストが発生しないように定期的にバージョンアップをしていきましょうという話になります

Odoo社の説明は、一応筋は通っています。Odoo社としては、ユーザにカスタマイズを控えさせ、2-3年おきのバージョンアップサイクルに乗せることが、ユーザの満足度向上と離脱の減少につながり、結果としてOdoo社の利益が拡大すると見ているのでしょう。ここ数年のプロダクトの進化とマーケットでのOdooのシェア拡大で、Odoo社がこのシナリオへの誘導に自信を持つのも、自然なことかもしれません。

そしてOdoo社のシナリオに乗ることは、多くのユーザにとっても理にかなったことです。将来のバージョンアップの検討を後回しにして急場しのぎのカスタマイズを重ね、身動きがとれなくなってしまっているユーザ企業は少なくありませんが、これは言うまでもなく、ライフサイクル管理の観点からは望ましくありません。すべてのユーザが2-3年おきに基幹システムのバージョンアップをするのは現実的ではないと理解しつつ、先延ばしのコストを前もって認識してもらうのは悪くないことだと思います。

古いバージョンのサポートを求める声が、Odoo社にどれだけ寄せられていたのかは分かりかねます。穿った見方をすると、古いバージョンを使用しているユーザから実際に出ていた声は「サポートされないのに企業版の費用がかかるのはアンフェアだ」というニュアンスであったのではないかと想像します。その声を逆手にとったのだとしても、ややインパクトのある規約改定を、それらしい理由をつけてスピーディに実行するところは、とてもOdoo社らしいなと感じます。

日本でのOdoo普及の観点でよい改定なのか?


今回の規約改定は、あまりカスタマイズせずにOdooが使用できるようになっている市場においては、Odoo企業版をより浸透させやすくするものであり、そうでない市場においては離脱を増やす作用を持っているものと思われます。

日本は、現状後者にあたると言えます。Odoo本体の日本向けローカライズは未だ限定的で、日本でのOdoo導入で、カスタマイズなしで済ませられるケースは極めて少数であると思われます。また一般的に、既存プロセスの変更コストが大きくなりがちな日本企業においては、ERP導入の際に「現状を崩せない」との判断からカスタマイズがかさみがちです。ユーザ数の多い大企業ほどその傾向は高まります。

であれば、少なくとも短期的には、この規約改定は日本でのOdoo企業版の販売には不利に働くと考えられ、Odoo社の思惑通りにはことが進まない可能性が高いのではないかと見ています。個人的には今回の改定は日本市場には時期尚早で、もうすこしプロダクトマーケットフィットが進んだところで適用できるとよかったように思います。(なお、多少不利な要素が増えたとて、大勢を見るとOdooの日本市場への浸透はこれからも進んでいくと思われます。)

ちなみに、日本企業におけるプロセスの変更コストを大きくする要因としては、次のようなものがあると考えています。

  • 取引先との関係性を重視するカルチャー
  • 属人性の強い業務管理とボトムアップ文化
  • ユーザの高齢化による変更忌避

以前から、Odoo社もこのあたりの特性を理解した上で個別の市場に合った施策が出せるとよいのにと思っていますが、なかなかそうはなりませんね。この頃はOdoo社にも日本の方が増えてきているようですが、これから変わるのでしょうか。

ユーザ企業はどうすべきか


ご存知の通り、Odooには完全オープンソースのコミュニティ版と、さまざまなプロプライエタリのエンタープライズ機能が追加された企業版の、2つのエディションがあります。どちらのエディションを採用するかは、日本でのOdoo導入の際に大きな悩みどころとなりがちです。

今回の規約改定により、その検討の際のポイントとして「企業版を採用した場合に2-3年周期のバージョンアップが実現可能性の評価」が追加されることになります。不可能という判断になる場合は、利用Odooバージョンが古くなったときの追加費用を組み込んだ上での運用コスト試算が必要です。

そして、どのエディションを採用するかにかかわらず、定期的なバージョンアップをしやすくするためのアプローチを採用すべきです。いつも言っていることの繰り返しになりますが、次のアプローチです。

  1. カスタマイズは極力さけ、Odooの仕組みに業務を合わせるようにする
  2. カスタマイズが必要な場合は、個別の開発はできるだけ避け、Odooコミュニティ協会(OCA)の機能を活用する

1はよく言われることですが、特に2については見落とされがちです。OCAのもとで管理されているモジュールは、コミュニティの有志によって保守されており、多くのものが新バージョンにも継続的に対応されていきます。そのため、OCAモジュールの活用は、導入・保守コストを下げるだけでなく、バージョンアップのコストを下げることにもつながります

このアプローチを徹底することで、企業版を採用する場合は追加費用の発生を防ぐ可能性が高まりますし、コミュニティ版を利用する場合であっても、適切なライフサイクル管理を実現できるようになります。

日本のOdooパートナーはどうすべきか


企業版規約改定は、私たちパートナー企業の姿勢も問うています。「ユーザ企業のTCOを下げるために何ができるのか」という問いです。

ここへの答えも、いつもの話の繰り返しになります。日本のOdooパートナー各社は、Odooが日本市場で受け入れられるようになるための本質的な活動、すなわち日本の事情に即したプロダクトの改善活動に参加すべきです。

  • Odoo本体への改善提案
  • OCAでの改善提案およびコードレビュー
  • Odoo本体およびOCAモジュールの翻訳

これら活動に参加することで、日本のユーザ要求とOdoo機能のギャップを減らし、バージョンアップ先延ばしによるユーザ企業の追加費用発生の可能性を、いくばくか下げることができます

本記事の公開時点で、これら活動に継続的に参加している日本のOdooパートナーは、コタエルのみです。日本のOdooパートナー各社は、Odooの販売活動には熱心であるけれども、プロダクトの改善にはほとんど貢献していないというのが実情かと思います。この状況が変わると、日本でのOdooとパートナー各社への信頼度が高まり、日本で爆発的にOdoo普及が進むきっかけとなりうると考えています。

関連記事:ユーザ企業が絶対に知っておくべきOdooパートナーの選び方

Odoo社はどうすべきか


Odooの導入は日本でも進んではいますが、そのポテンシャルに比して、普及の速度は相当遅いように感じます。その原因は、Odoo社の情報発信が販売側に大きく偏っており、オープンソースコミュニティ側のナーチャーに無関心で居続けているところにあると見ています。コミュニティ活動が盛り上がっていないため、草の根レベルでの情報波及が小さく、その土壌に販売視点でのマーケティング攻勢をかけても限定的な効果しか上がらない状態に陥っている。そのように見受けられます。

OSSプロダクトをある市場に普及させるには、言わずもがな、コミュニティ側の盛り上がりが不可欠です。それがない状態でのパブリッシャーの収益拡大につながると見られる施策は、エコシステムの形をいびつにしかねません。

上述のように、ユーザを2-3年おきのバージョンアップサイクルに乗せることでOdoo社の利益を増大させるシナリオは、個別のマーケットにおけるOdoo本体のフィット度合に依存するところが大きく、日本においてはどちらかというとネガティブな作用をもたらすと捉えています。

規約改定に関するFabienさんのLinkedIn投稿へのコメントを見ていると、実は思った以上にポジティブなものが大勢です。グローバルで均された見解と、日本市場に取り組む事業者の感覚には、正直大きなギャップがあります。

だから、これはタイミングの問題なのだと思います。あらゆる施策は、それが有効に作用するタイミングで実行すべきです。そのタイミングは、個別市場の準備状況に依存します。

Odoo社から出てくる新たな施策に対してよく感じるのは、「日本ではまだ早い」と「コミュニティ活動を盛り上げるのが先」です。長期的な発展を目指すのであれば、急がば回れ。まずは市場状況を見て、コミュニティをナーチャーしつつローカライズを促進する方向に舵を切り、市場の実態と施策のちぐはぐ感を減らしていくことが大事ではないでしょうか。

まとめ


今回の規約改定は、長期のレガシー運用を公式にカバーしつつ、最新から3世代より古いバージョンには25%の追加費用というインセンティブ設計を導入するものです。日本市場では短期的に逆風も予想されますが、ユーザ・パートナー・Odoo社それぞれがライフサイクル管理とコミュニティ活動を強化することで、中長期的な普及の下地を整えられると考えます。

Photo by Markus Winkler on Unsplash

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